法話を聞く・読む / 今月の法話 バックナンバー(No.382)

今月の法話 バックナンバー

令和2年2月 No.382
しいしはいをわない

 先人の方々は阿弥陀さまを「親さま」とよろこばれました。まるで親と子のような関わりのなかで私を念仏者へと育て、お浄土に生まれさせ仏としてくださる、そのおはたらきをよろこばれたのです。そのおはたらきを親鸞聖人は「ものの逃ぐるを追はへとるなり」とお示しくださいました。そのお言葉から、我が子がまだ幼子だったころを思い出します。

 食べ物に背を向け、自ら赴くままにハイハイをしている我が子に対し、母親は離乳食を砕いてスープ状にし、口元まで運ぶためにどこまでも追いかけ、飲み込むまでジーっと見守る姿を見てハッとさせられました。かつての自分もそうであったのではないかと、我が子の姿を見て気づかされたのです。そのことを思うと、今食事をしている私の姿は、かつての親のはたらきによってならせていただいた姿だと思うのです。

 「ものの逃ぐるを追はへとるなり」の「逃ぐる」とは、煩悩に振り回され、自らの赴くままに迷い惑うしかない私の姿をあらわした言葉です。「追はへとるなり」とは、そのような私をどこまでも追いかけておさめとってくださる、まるで親のようなおはたらきだからこそ阿弥陀さまのことを「親さま」とよろこばれたのです。

 その「親さま」におさめとられて、お浄土に生まれ仏さまとならせていただく道にめぐまれ、念仏者へとお育ていただきます。まるで食べ物に背を向けてハイハイしていた私が、成長を願う親のはたらきによって自分で食事ができる私へと育てられたように。

熊本県 両厳寺 郡浦 智明

≪ 今月の法話に戻る